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  1. 変異型ヤコブ病について(0)
  2. 変異型ヤコブ病の心配(0)
  3. ありがとうございます。(0)
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さくらさんへ

 投稿者:ぷいママ  投稿日:2017年 8月15日(火)23時11分18秒
  とてもご親切に、ご丁寧なメッセージありがとうございます。
母は、このタイミングであなたが帰って来て、孫ができて本当に良かったと言っています。
孫と私の世話をする事によって、悲しい現実から少しでも気晴らしになると思うと、このタイミングで良かったのかなと思います。
ただ、病気になるのは仕方がなかったにせよ、せめて、あと1ヶ月遅らせてくれたらな…とか叶わない事ばかり願ってしまいます。
本当にここの掲示板の方達と励ましあえていけたらな!と思いますm(__)m
 
 

さくらさん

 投稿者:MK  投稿日:2017年 8月15日(火)22時49分42秒
  さくらさんも8月なのですね。私と同じですね。
8月…色々な事が私にとっては運命を感じる月となりました。
1つ1つがいまだに鮮明におぼえています。
私も、平日仕事が休みだと、子供たちを学校に送り届けたあとは、いつも母の病院に行っていました。
さくらさんと一緒で、母の手を握りながら、母のベッドに頭をふせて寝ていたあの時間。
話はできないのだけど、細くなった母の手からは、ものすごく温かいものを感じて、私自身、実家にでも帰ったかのようにリラックス出来ていました。
今はまだ、母との事が「思い出」にならずにいます。
どぅしてもあきらめきれてない自分がいて…

これから時間をかけて、1つ1つに向き合っていかなくてはいけないんですよね。
互いに頑張っていかないといけないですね。
 

MKさんへ

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月15日(火)21時35分16秒
  MKさん、8月がお誕生日なんですね。私ももうすぐ誕生日です。MKさんの投稿を読んで、母におめでとうって言ってもらえない初めての誕生日が来ることに気づきました。これからきっと、いろんな行事ごとにそういう思いをするんでしょうね… お互い、ひとつひとつ乗り越えていきましょうね…  

(無題)

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月15日(火)09時07分25秒
  ぷいママさんへ
初めまして。ぷいママさんの投稿を読ませていただき、ショックで本当に辛くなりました。お父さん、初孫をどんなに楽しみにしていたことか…このタイミングでこの病気になるなんて本当にヒドイ… この掲示板を訪れるみなさんにはそれぞれの辛い状況があって、その1つ1つが悲しくて仕方ありません。
ぷいママさん、今は赤ちゃんのことも、お父さんのことも、そしてお母さんのことも心配で心身ともに本当に大変な状態だと思います。どうか、周りに助けを求めてください。掲示板にも思いをぶつけてください。近くにいたら励まし合いたいです!

みっちさん、
私もみっちさんと同じように、できる限り母のそばにいます。眠っている時は静かにしていようと思っていたのですが、昨日ケアマネさんに、昼間はなるべく声をかけてあげていろんな話をしてあげて、夜はぐっすり眠れるようにしたらいいよって言われて、今日の日付や天気から始まって世の中のニュースとか家族の話とかしてます。途中で疲れて私も眠くなってしまいますが…母のベットに頭を乗せてウトウトするのはとても心地いいです(笑
お仕事に復帰するまでにたくさんおそばにいられますように!お互い頑張りましょうね。
 

父68歳ヤコブ病の疑い

 投稿者:ぷいママ  投稿日:2017年 8月14日(月)22時16分43秒
  初めまして。ぷいママと申します。
先月、父が孤発性ヤコブ病の疑いがあると診断されました。今まで、この掲示板を眺めるだけの立場でしたが、そろそろ思いが爆発しそうで今回投稿する決意をしました。
私は、8月に出産を予定しており、6月下旬から実家へ里帰り出産の為帰省していました。
その頃の父は5月上旬より、左脚の痺れを訴えておりましたが、なんとか杖を使って歩行は可能でした。帰省した私を駅まで車で迎えに来てくれるほど、元気でした。
それが、私が帰省して1週間後、浴室で立てなくなってしまったのをキッカケに、病院へ受診、そのまま検査入院となりました。
そこから、日に日に衰えていく父を目の当たりにして、とてもショックを受けました。
入院して1週間で、当初自力で出来ていたトイレができなくなり、オムツへ。2週間で、ろれつがまわってこなくなり、長い会話が理解できなくなってきました。7月下旬には、会話の途中で寝てしまう事もあり、嚥下障害、妄想、腕のてんかんのような動き、など様々な症状が出てくるようになりました。

私は予定より2週間早く出産(出産日と同時に、寝たきりになり、食事も取れなくなる)、退院後、病室の父へ初孫をみせに行きました。
その時は、いくら呼びかけても反応はありませんでしたが、リハビリ担当の方が少し刺激を与えてくれたおかげで奇跡的に目を開け、孫を見て、これもまた奇跡のように笑ってくれました。
何か言いたげだったのですが、口をパクパクするだけで、わからず…。私も出産前に最後にお見舞いをしてから、約2週間足らずでこんなに進行してしまう病気なのかと、思わず声をあげて泣いてしまいました。
最後にお見舞いをした時は、まだ笑ったり、話したり、動けていたりしたのに。
あんなに食べる事が大好きだった父が、物も食べれず、ポカリスエットより少しの栄養しかない点滴で生きている現状。初孫を最後の最後まで楽しみにしていた父、結局自分の力では抱く事も出来ない現状。微熱が1日おきにおこり、医者からは抗生物質が効かなくなった時は覚悟しておいてくださいと言われた現状。なんで、幸せの、絶頂になるはずだった今に限ってこのような病気を発病したのか、運命を憎む他ありません。
私は産後1ヶ月、外に出れないので、父には約1ヶ月会っていません。しかし、深夜の授乳中に毎回思うのは父の事ばかりです。
来週で、1ヶ月健診が終わり、1ヶ月ぶりに父に会いに行く予定ですが、辛くて、悲しくて、覚悟が決まりません。
今週中に、長崎と東北の方へ送った父の脊髄のサンプルにより病名が確定するのですが、確定されるのも怖いです。
病名が確定されたら、検査入院は終わり、他の病院へ転院しなければなりません。
毎日献身的に父の病院へ行く母には、私と、新生児の世話もあり、本当に疲労を溜めてないかなど心配です。

今まで溜めていた思いをこの場で吐かせていただきました。このどうしようもない気持ちを皆様と共有できればと思います。

拙い文章で失礼いたしました。
 

MKさん、さくらさんへ

 投稿者:みっち  投稿日:2017年 8月12日(土)13時42分25秒
   今日は早く目が覚め、自宅に居てるよりも父の傍にいる方が落ち着く感じがしたので、
早朝から病床に向かいました。

 この病気が分かった時点で、治療法はないとの事で、大学病院側から転院の話しがあり、
来週には「介護医療療養型施設」に転院です。

 日々、浅くなある呼吸、寝たきりで、発語もなくなり、体力が消耗して行く中での痰吸引など
最後まで痛い事ばかりで可愛そうで、変わってあげたい、胸が張り裂けそうになりま。
無力な自分が腹立たしいです。

 1か月前までは話もでき、少しは歩けていたのに・・・と今は食べる事もできなくなり、
死を待っているだけの、瞬間々が辛いです。

 寝ている事が大半ですが目を開けている時など「今、父は何を思っているのだろう?」
とよく思います。

 9月から復職で、以降は会う時間が短くなる事や、万一もしかして・・・と見えない先行きの
不安が襲います。

 一方的な話しばかりでスミマセン。

  
 

みっちさんへ

 投稿者:MK  投稿日:2017年 8月11日(金)15時47分28秒
編集済
  みっちさん「余命1ヶ月」
私の母と症状は、まるっきり一緒です。

私の母は発症して2ヶ月で亡くなりました。
経鼻栄養となし、心肺蘇生もしない(延命治療をしない)という選択を先生と相談し私がしました。

ただ、私が希望としたのは、ただでさえ痩せ細っていく病気…もともと細身の母が少しでも今のまま最後を迎えて欲しかったために微量たり(何の効果もでない。と言われたのですが)栄養の点滴と、病院のベッドで1人で最後を迎えてほしくなくて心臓のモニターだけは、最初から最後まで希望しました。

延命を選択しなかった事、本当によかったのかな…と思う事もありましたが、今となれば、自然のまま最後を迎え、最高に綺麗な母の顔を最後にみた時には、これでよかったんだな。と思いました。

あっというまの2ヶ月何を考え何を行動してというよりか、ただただ、母の側にいたかったし、いてやる事しか出来なかった。と思います。
言葉も話す事も、体を動かす事も入院直後一気に母の場合は訪れてしまいました。私が最後に何を話したかも忘れるほど、話してないんぢゃないかな。と思ってしまうくらい、あっというまに
耳だけは聞こえてる。と信じて、それからというもの、まわりからみたら馬鹿?と思うほど母に話しかけてました。色々な思い出話ししたり、出来事話ししたり。辛いけど、頑張りました。この今、この時しか家族の時間はないと思って。

人それぞれ限られてる時間は違うと思います。

けど、それが、短い長いではなくて、その時間を家族としてどう接してあげられるか。だと思います。
限られた宣告された時間に、めげる事なく、ただただ、そばにいて話をしてあげて下さいね。

私は…
8月…私の誕生日なんです。
母は必ず忘れずに「○○○誕生日、おめでと」とずーっと言ってくれていました。
たった1回、この病気を発症した月8月、この8月だけ聞く事が出来ませんでした。
私にとってのこれからの誕生日…嬉しいはずの誕生日、素直に喜ぶことの出来ない自分がいます。
 

みっちさんへ

 投稿者:さくら  投稿日:2017年 8月10日(木)15時22分8秒
  辛い時ですが、お父さんの意識のあるうちに仲直り(?)できてよかったですね。不仲のままお別れとなってしまった人を知っているので… 私も病院から帰るときは毎日泣いていました。今は多少、気持も落ち着いて覚悟のようなものもできてきましたが、やはり弱っていく母の姿を見ると悲しくて涙が出ます。

経鼻栄養をしないと決断されたことも辛かったと思いますが、お父さんの希望に添うことができるんですね。私達にはそんな話をする機会もなかったため、今の状態で良いのか判断できません。時々経鼻栄養の母を見ているとかわいそうで、思わず管を鼻から引っこ抜きたくなります。(涙)

みっちさん、お父さんとの時間大切にしてください。話しかけたり、好きな音楽を聞かせてあげたりしてください。
 

さくらさん、さっちもさんへ

 投稿者:みっち  投稿日:2017年 8月 9日(水)03時45分41秒
   温かい、メッセージ有難うございます。
私と、父は長い期間、不仲でありましたが、反面大切にしてくれた人であり、この病気を発症し(未だ意識がある頃)、辛くあたった事を泣いて謝ってました。

常に、怒りと気の強さ等、強い父でしたが、病気には勝てませんでした。

 日々、人格が破壊されて行くのは、本当に辛いですね。
突然、降って湧いた?病気です、とても怖いです。

6月末から、外来~入院、現在と、猶予なく、決断ばかりが迫られます。

これも、父や私たち家族の試練なのでしょうか・・・。

 さくらさん、さっちもさん、私も傍に居る時が一番安心できますが、
病床を去る時は一層、辛いです。

 これからも、こちらの掲示板でお世話になるかと思いますが、宜しくお願い致します。

*さっちもさんへ、(追伸)

唾液などは、通常の生活では感染しないと主治医は言ってました。髄液からの感染なので通常は問題ないとの事です。
 

病気の進行

 投稿者:さっちも  投稿日:2017年 8月 9日(水)02時09分59秒
  さくらさん、みっちさん、その他多くの皆さんが、急速に進行する病状に心を痛めていると思うと、自分とは比べられないほどお辛いことだと思います。

自分の母は進行が少し遅いようなので、気持ちの整理をつける時間があった分、現在は在宅で介護できています。

唾液について
自分もさくらさんと同様に感染の心配はしていませんでした。
難病情報センターのHPにも通常の介護での感染はないと書いてありましたし、現在の主治医にも注意を受けたことはありませんでした。
 

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