teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

他のスレッドを探す  スレッド作成

新着順:15/240 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

その後

 投稿者:  投稿日:2012年 5月 9日(水)14時05分27秒
  通報
  はいこんにちは。ぼよよん太郎です。

父のその後のことをご心配いただいているので、さくっとご報告だけ。

一般的に前立腺肥大の術後の入院は一週間だとのことですが、実は最初の3日間ぐらいは身内からみたら危なくて「どーしよ、どーしよ。」という状態でありました。

体にメスを入れたわけではないので、その日の夕方から食事が出たらしいのですが、匂いをかいだだけでつわりの人みたいにウッとなって食べ物を受け付けなかったとか。
その後、そんな感じで病院食を拒否し続け、飲まず食わずで3日間。
副反応で熱が出るやら、血圧が下がるやら、家族としてはハラハラな日々でした。

しかし病院側の言い分は
「もうどこも悪くありません。退院の日がきたら何が何でも退院してくださいね。」という、こちらの心配とはかけはなれたもの。
この食い違いはなんだったんでしょうねえ?

とにかく一度病院まで来てくれというオタオタした母の電話で
私は、玄米スープと新たまねぎのポタージュ、小豆を塩で煮たものを作り、持っていきました。
ちょうど状態も落ち着いた頃だったのか、玄米のスープを「・・・おいしい。」といっておかわりしてくれた父の姿にほっと一安心しました。

この玄米のスープというのは、重病人を救うとして割と知られたレシピだと思います。が、やっぱり多少手間がかかります。
玄米をざっと洗ってから6時間以上ざるに上げておき、それから乾煎りを40分ぐらいして、昆布と梅干と5倍量の水を加えて数時間煎じ、少々の塩を加えてその後漉す、というものです。
考えただけで時間がかかりそうでしょ。
思い立ってすぐできる、という性質のものではないので、せっかちな母は、配偶者の状況が深刻なのにもかかわらず、


「…私にはできないわー。」

と言いました。

そうなのです。身内に重病人がいても、「手間隙かかるから・めんどくさいから」という理由で病人の気持ちに添った食事が作れない、という人は存在します。
その上、医食同源というようなことに無関心だとこのような↓ことに。。。

看護士さんから「こんなに食べられないんですから、もう本人のお好きなものを何でも摂らせてあげてください。」と言われた母は、

「お父さんは、コーヒーが大好きだから、コーヒーなら飲めるかも。」

と、喫茶室からコーヒーを買ってきたという話にぶっとびました(父は一応コーヒーを飲んだようですが「不味いな。」と言ったそう。当たり前だ)。

一事が万事こういう母なので、私は自分がしっかりしなくちゃなあと思いました。
そこで、ビーフコンソメ(牛肉とたまねぎ、にんじん、セロリ、昆布、梅干を煎じて90分)と、そらまめのポタージュ(そらまめとたまねぎを煮て裏ごし)と、黒豆を黒砂糖ときび砂糖で煮たもの、シフォンケーキを何種類か作って、届けました。
そばがきで栄養がとれるよう、そば粉と、玄米粥が簡単に作れるように玄米の炒ったもの、すりごまも届けました。
そんなことを電車バス乗り継いで片道2時間、3日間やっていたら、私がばてました。。。(笑)


体温と血圧に異常がなくなった父は予定通り退院しましたが、この、自宅に戻るということがとても良かったのだろうと思います。

何しろ、泌尿器科病棟の向かいには小児科病棟があって、夜となく昼となく泣き喚く子供の声で安眠が妨害されていたようなのでね。
ただ機嫌が悪くて泣くのではない、具合が悪くて泣いている子供の声というのは、たまらないものらしかったです。


その後、お見舞いの手紙を送った高3の娘宛に、父から即返事がきて、体力の方はともかくとして気力が戻ったらしいことに一安心しました。なぜなら
「しっかり勉強しなさい。」という内容のことが便箋6枚につづられていたのですから。
便箋6枚ときたら、手紙というよりはちょっとしたレポートです。
一つも誤字脱字のない、筆圧もしっかりした手紙の最後に書かれていた

「手術をして、寿命があと数年は延びた気がしています。」

という一文に、思わずハラハラっと安堵の涙がこぼれた私でした。





でもまだ蛇口の調子は万全じゃなくて、オムツしてるらしいけどねー。
 
 
》記事一覧表示

新着順:15/240 《前のページ | 次のページ》
/240